姫川亜弓

 
以前、まんが・アニメーションの話はなるべく避けてゐると書いたが。
でも姫川亜弓くらゐの著名登場人物ならよからう。
念のため、「ガラスの仮面」といふまんがの登場人物で、主人公のライヴァルである、と書いておく。
 
姫川亜弓はいつときほんたうに輝いてゐた。
単行本で云ふと20巻くらゐだらうか。舞台でいくと吸血鬼カーミラをやつてゐたころ。あのころの亜弓さん(なぜか呼び捨てはむづかしい)は「美少女」の名をほしいままにしてゐた。いや、「少女」といふのはなにかちがふ。姫川亜弓は少女であつて少女でない、なにかちがつた生き物のやうだつた。
 
中にこんな話がある。
「ふたりの王女」をやるといふので、主人公・北島マヤ姫川亜弓は互ひの住環境を交換することになる。マヤは姫川家で乳母やつきのお嬢さまな生活を、亜弓さんはマヤの家で質素なひとり暮らしをするわけだ。
この時、マヤに自分の家や部屋を見せてまはるうち、亜弓さんはものすごい過去を明かすことになる。
マヤにCD(レコードではなかつたやうに思ふが)を見せて、「それはラフマニノフのピアノ協奏曲で、十三歳の時に演奏会で弾いたものだ」といふのである。
 
十三歳で、ラフマニノフである。
いつたいおまへはなにものなんだ、姫川亜弓っっっ。
 
およそ少女マンガやドラマにおけるピアノの天才・神童のエピソードといふのは、「十歳の時にリストを弾きこなす」である。これはもう三十年くらゐはかはらぬ基準だ。
そこに「十三歳でラフマ」である。
さすが姫川亜弓
さう云ふしかない。
 
ところで「ガラスの仮面」の中では姫川亜弓は「演劇界のサラブレッド」と呼ばれてゐる。父は有名な映画監督、母は大女優でそのひとり娘なのだ。
二代目ていどで「サラブレッド」とは片腹痛い。サラブレッドはthoroughbred、十分かつ徹底的に改良した品種である。父方の系図をたどつていつたらその先には「なんちやらアラビアン(なんだつたか失念してしまつた……)」とか「バイアリーターク」とかいふ名前の祖先がゐなければならない。
んぢやあ能や狂言、歌舞伎の役者ならサラブレッドと呼べるか、といふと……うーん、どうだらう。歌舞伎などは案外外から入つてきてゐる場合が多かつたりするしな。とはいへ、当代の大和屋坂東三津五郎が云つてゐたが、調教師の話によると競走馬などは六代くらゐ経ないとちやんと競争できるやうな馬にはならないのらしい。遺伝子に競争のなんたるかが組込まれていくのだらうか。
 
ぢやあ競走馬は血統がすべてかといふと、ハイセイコーオグリキャップのやうな場合もある。ハイセイコーなどはもうさくらになるしかない運命の兄弟が、ハイセイコーの活躍のせゐで助かつたといふ話もある。さういへばディープインパクトにもそんな兄弟がゐたね。
 
羊にも、「なんちやらアラビアン」やバイアリータークとは云はないが、エクリプスくらゐの羊がゐるらしい。品種はメリノだと聞いた。その子孫の毛は、それはもうすばらしいらしいのである。まさにメリノ界のサラブレッド。いや、まあ羊はそもそもがthoroughly-bredなのかもしれないが。
 
だが、時々考へるのである。
羊の世界にもハイセイコーオグリキャップのやうな存在がゐるのではないのか、と。すなはちそんなに血統はよくないけど、でももうそれは見事な毛の持ち主がこの広い世の中で、どこかにゐるんぢやないのか、と。
そしてあちこちのコンクールで一等賞を受賞しまくり、あとはジンギスカンになるだけだつた兄弟が助かつちやつたりしてるんぢやないかなー、と。
 
またその逆もありうるだらう。
メリノ界のエクリプスの子孫でありながら、なんかこー、今一な毛の持ち主といふのが、これはもう絶対にゐるにちがひない。ただ商品としてでまはらないだけで。
はたまたロムニーなのにまつたくロムニーの特徴をもたない羊なんかもゐるのにちがひない。先祖帰りをしてしまつたか、あるいは単なる突然変異か。これまたおそらく市場には出回らないのだらう。
 
さういふ羊をBlack Sheepと呼ぶ。
♯なんちて。