あみものミステリ

 
世の中には「あみものミステリ」といふものが存在する。
しかし、いづれも編物が原因で殺人などの事件が起きるわけではない。
たまたま主人公が編み物をする人だつたり、被害者が手芸店を経営してゐたり、登場人物がニット・カフェに集まる人々だつたりする、といふだけのことで、特に「あみもの」である必要はない。
まあそれを云つたら世の中の「なんちやらミステリ」の「なんちやら」の部分はまつたく意味をなさなくなつてしまふので、とりあへずおくことにする。
 
これまで三シリーズ読んできたが、いづれも棒針編みすなはちknittingの方のあみものミステリであつた。まあそのうち一作は「刺繍ミステリ」と云つてもいいやうな感じもあるのでなんともいへないが。
 
今回読んだのは「かぎ針編みミステリ」である。題名も「Hooked on Murder asin:0425221253」とあつて、もし翻訳されるとしたら九割方「かぎ針編み殺人事件」といふ題名になるのではなからうかと思はれる。シリーズものの第一作だ。
 
主人公は四十代後半の未亡人。若くして結婚したため、二人ゐる息子はどちらももうすでに仕事をもつたりなんだりしてゐる。
あみものはほとんどしたことがないが、料理が好きだつたり(slow foodを楽しんでゐるといふやうな記述がみられる)、家庭的である。
 
そんな主人公モリー・ピンクが、なぜかぎ針編みミステリに出てくるのか。
モリーは書店で働いてゐる。めりけんの書店は、スターバックスのやうなコーヒーショップとくつついてゐたりする場合がある。建替前の大丸東京店にあつた三省堂書店を覚えてゐる人があれば、あんな感じで、買ふ前の本をコーヒー片手に吟味したりできる、もちろん本なしでコーヒーだけ飲んでもいい、そんな店舗がある。モリーが勤めるのもさういふ書店だ。モリーは主にイヴェントを担当してゐる。店頭でのサイン会や、店内のカフェでのイヴェントを企画したり運営したりするのが仕事といふわけだ。
Tarzana Hookers といふかぎ針編みのグループが、モリーの勤める書店を利用してゐて、その中のリーダーとおぼしき人物が最初の被害者となる。
 
一応推理小説なのであまり詳しく書くとネタばらしになつてしまふので、そのあたりは割愛する。
おもしろいのは、モリーの恋敵である警官が自作の大変すばらしい手提げを持つてゐたりするところ。「自分で編んだのよ」と云ふ恋敵に「かぎ針編み?」と訊くと、「棒針編みよ」と憤慨したやうな答へが帰つてくる、といふ場面がある。
また、書店で編んでゐるかぎ針編みグループに入会したいとやつてくる二人連れがあるが、これが実はknittersで、ここで棒針編みとかぎ針編みに関する熱い口論が展開される。かぎ針編み人は「棒針編みにこんなことができる?」といつて、ものすごい速さでかぎ針編みにしかできないやうなものを編んでみせたりする。結局knittersは入会することなく去つてゆく。
 
さうなんだなあ。めりけんつて、やつぱり棒針編み対かぎ針編みつてな対立があるんだなあ。
よかつた、この国に生まれて、と、読みながらしみじみすることしきり。
 
あとは、かぎ針編みをはじめた主人公とその友人とが、毛糸を買つてゐる自身に気づいて、「うわっ、まだこの前買つた毛糸も使ひきつてないのにっっ」と嘆いたり、それを見たかぎ針編みの達人が「ようこそあみものの世界へ」みたやうなことを云つたりする場面があつたりとか。
 
「おなかがすいたら、まづはかぎ針編みをしてみませう。アイスクリームを食べるはずだつた時間を創造的な時間に変へるのです」といふダイエット方法を主張する人が出てきたりだとか。そしてその人の本のサイン会を主人公がきりもりしたりだとか。
 
そのサイン会のおかげで、いはゆるcelebrityな男の人がかぎ針編みをはじめ、Tarzana Hookersを手伝つたりだとか。
 
最初の被害者が最後に編んでゐたのは、娘にあげるかばんで、糸は娘の買つてゐるシャム猫の毛を入れて紡いだものだ、とか。
 
さういふ細かいところがあみものをする人間としてはおもしろい。
 
内容についてもう少々書いておくと、舞台はロサンジェルス近郊。主人公の一人称で話が進む。冒頭で、主人公は最初の殺人の第一発見者となり、そのまま容疑者になる。事件を捜査するのは先ほども述べた恋敵だが、それほど活躍するわけではない。
つきあつてゐるやうなゐないやうな微妙な関係の相手も警官。こちらは離婚歴ありで学校に通ふ息子がゐる。相手の方が主人公に一生懸命で、まあ、そこんとこは、どうでもいいよ。
殺された人物はかぎ針編みグループのリーダー格。グループでは動物愛護のチャリティのためにモチーフつなぎのひざかけ(afghan、な)を作成中だつたが、リーダー格の死とそれをきつかけとした脱退者のせゐでチャリティまでにしあがらないかもしれないといふ窮地に追ひ込まれる。しかも、リーダーなき後、我こそは新たなリーダーにと立ち上がる人物がふたりもゐて、なんだかなあな状態に。
一方主人公は、有名人のサイン会をなんとか執り行はないことにはクビになるかもしれないといふ不安に揺れてゐる。その有名人の代理人をしてゐたのがこれまた最初の被害者で、どうすりやいいのさこのあたし状態である。
そんなだから恋愛の方もままならない。しかも息子たちは大きくなつたといふのに、ママの恋にはなんだか批判的なのだ。ああ、こどもつていつまでたつても……。それに、主人公にはどうにもわだかまりがあつて、すなほに「うん」つて云へなかつたりして。
 
推理小説としては、「どうなのよ、この結末」といつたちよつとお寒い話だが、あみものが好きな人ならおもしろく読めると思ふ。実際自分もちやんと読み切れたし。
あみものミステリの常で、巻末には作中に出てきたグラニーモチーフの編み方が掲載されてゐる。あはせて、やはり作中で主人公の作るパウンドケーキのレシピもついてゐる。
 
次は東海岸を舞台にしたあみものミステリの第一作にするか、あるいはコロラドあたりに移動するか、はたまたミネソタの話にするか。
コロラドかなー。この話は結構紡ぎに関する話も出てくる。主人公の相談役は定年退職した元警官で、紡ぎの達人だつたりする。時折紡ぎ機を前に糸を紡ぎながら主人公の話を聞いたりするのだ。
あー、これにするか。